集客向上の仕組み
東京・町田という家電量販店が林立する激戦区で、地域密着の商売を続け、量販店にも負けない電器店「でんかのヤマグチ」を営む(株)ヤマグチ。同社は、3万世帯あった顧客データを半分以下に絞り込む大胆な施策に踏み切り、顧客を細分化することで、顧客とのより濃密な関係を築いてきた。 (1)企業の概要 〜お客様のかゆいところに手が届くサービスに徹して40年〜  東京・町田という家電量販店が林立する激戦区で、量販店にも負けない電器店「でんかのヤマグチ」を営む(株)ヤマグチ。JR横浜線と私鉄の小田急線が交差する東京・町田市は、人口40万の商圏を持つ東京のベッドタウンで、隣接する神奈川県相模原市を含めて、以前から商業の激戦区と言われていた。  同社の創業は1965年。数坪の広さの店で家電の修理を中心として事業を起こし、翌年には10坪の店を構えて従業員も5〜6人を抱えるまでになる。  創業時からのモットーは「地域のお客様のために、私たちでできることは何でもします」。電球1個でも気軽に届け、どんな小さな修理でも引き受ける姿勢を貫いてきた。こうしたことはかつてどこの電器店でも行っていたことだが、効率化の名のもとにどんどん切り捨てられてきたことである。  「お客様のかゆいところに手が届くサービス」を創業以来40年にわたって変わることなく提供し続けてきた結果、顧客との強い人間関係を作り上げ、現在では価格訴求を旗印にする量販店にも負けない、地域になくてはならない存在に。2005年3月期における年商は12億円、従業員数44名にまで業容を拡大している。 (2)CRMへの取り組みの背景 〜競合店進出を危機に売上重視から粗利益重視へ〜  同社の経営に危機が訪れたのは1996年のこと。当時、北関東で激しい競争を繰り広げていたコジマやヤマダ電機といった大手家電量販店が、相次いで町田に進出してきた。北関東では、個人家電店が家電量販店と同様に販売価格を下げ、真っ向からこの大型家電量販店に立ち向かった結果、いわゆる昔ながらの“町の電器屋”が減るという状況を生んでいた。  量販店の進出とともに同社の業績もダウン。これまでの経営を続けていたら生き残りは難しい、と考え、売上重視から粗利益重視の経営へと大きく方向転換を図った。一般に、競合、特に量販店に対抗するには販売価格を下げて顧客数を増大する施策を講じるが、価格競争に陥ったら北関東の二の舞になる、と判断したのである。  同じ轍を踏まないための同社の意思決定は、顧客との信頼を深化させるために、あえて対象顧客を絞り込むことだった。“より深い関係性を築くべき”と位置づけられた層のニーズにきめ細やかに応えることで、顧客満足度を高め、優良顧客の固定化を図っていくという戦略に出たのである。  同社では、創業以来の顧客データ約3万世帯を、思い切って半分以下に絞り込んだ。“その顧客とは親戚以上の付き合いをする”ことに方向転換したのである。 (3)CRM施策の現状 〜上顧客を見出す顧客セグメントを実施〜   まず、5年以上の未購入者をリストから外す。その上で、残った顧客を累計買上額と最新購入時期で9分割し、「上得意様 9分割表」を作り上げた。累計買上金額は、100万円以上、30万円以上、30万円未満に分け、一方、最新購入時期は1年以内、2〜3年以内、3年以上未購入の3つに分類した。構成顧客数は、累計買上額が100万円以上で最新購入時期が1年以内の顧客をA1、累計買上額が100万円以上で最新購入時期が2〜3年以内の顧客をA2と言った具合に、A1〜A3、B1〜B3、C1〜C 3の9つにセグメントしたのである。  中でも重視しているのは、(1)累計買上額が100万円以上で最新購入時期が1年以内のA1層(2,436世帯、20.3%)、(2)累計買上額が30万円以上で最新購入時期が1年以内のB1層(1,474世帯、12.3%)、(3)累計買上額が30万円未満で最新購入時期が1年以内のC1層(1,411世帯、11.8%)、(4)累計買上額が100万円以上で最新購入時期が2〜3年以内のA2層(1,354世帯、11.3%)、(5)累計買上額が30万円以上で最新購入時期が2〜3年以内のB2層(1,463世帯、12.2%)、である。  この分類のもと、それぞれの層の顧客のランクアップを目的に、顧客対応の基本方針を固めた。具体的には、A1、B1、C1の顧客に対しては、最低でも月1回、A2、B2の顧客には2カ月に1回は必ず訪問する。DMは、A1、B1層には月1回手配りし、新規商品を提案する。A2、B2、C1層の顧客には2カ月に1回DMを手配りし、関係性の深耕に役立つ生活情報の収集に努める。休眠状態にあると思われるA3、B3、C2層には、3カ月に1回のDMを欠かさずに、かつ見込客情報の獲得に注力する。それ以外の顧客にはDMによって関係性を維持する――というものだ。  取り組みの結果は顕著に表れている。家電量販店のテレビ販売単価は6万円前後。それに対し、同社は20万3,000円。粗利益率は、1996年度の26.5%から2005年度には36.4%と約10ポイント、粗利益額にして2,720万円アップした。また、2006年1月31日現在、同社のハイビジョンテレビの総販売台数は7,673台で、これは単店では日本一だという。  また、9分割に基づいた対応強化の結果、上得意客1世帯に対して営業担当者が訪問する頻度は高まり、顧客との関係はより強固なものになっていったのである。 中古ハイビジョンテレビが格安で手に入る。ハイビジョンテレビの販売台数1万台に挑戦中 顧客との結び付きをミニイベントで強化  徹底した顧客対応を行い、優良顧客の育成に注力する同社の顧客とのコミュニケーションにおいて、注目すべき取り組みのひとつに、毎週土・日に行っているミニイベントがある。  ミニイベントへの集客はDMを活用している。特売品や家電製品のチラシをDMで送付する際に、イベントの招待状を同封。それを持参した顧客に対してプレゼントを進呈する、という仕組みだ。  きっかけは26年前に遡る。たまたま北海道のだんしゃくいもが大量に手に入ったので、店頭で食べてもらいながらプレゼントしたのが始まりとのこと。  その時は販促目的ではなく、顧客への感謝の気持ちで実施したのだが、意外にも来店時になんらかの商品を購入する顧客が多かった。顧客に喜んでもらうことは業績に結び付く、と実感した同社では、以来、徐々に定例化し、ミニイベントというひとつのマーケティング施策として確立していった。  プレゼントの品物は、その後も食べ物を通している。“電器屋でじゃがいもをもらった”という意外性が顧客に大きなインパクトを与えただけでなく、親近感を醸成した。そうした経緯から、ワイン、ホタテ貝、かつお、いか、うなぎ、イチゴなど、月ごとに品物を変えながらイベントを開催し続けて話題を呼んでおり、今やミニイベントは、同社と顧客とのリレーション構築における中心的役割を果たすようになっている。 顧客とのコミュニケーションではDMの活用を重視  「上得意様 9分割表」の構築とともに顧客データーベースが整備されたことにより、販促のためのDMの活用も効率化された。  以前は、累積購入金額や、年齢・性別といった属性にのみ依存して発送先を選定していたため、DMはマスマーケティングに近かった。しかし、累積購入金額は高くても、もう何年も購入実績のない顧客もいる。こうした状況をDM発送でも考慮しようと考えたわけである。  現在は、来店促進というDMの役割を一層明確かつ効果的にするために、月単位にDM送付先をセグメンテーションしている。例えば、冷蔵庫の買い替え時期を迎えた顧客だけを抽出し、DMを発送するといった具合だ。  ここで、同社ならではの特筆すべきコミュニケーションを行う。招待状を持って来店した顧客に対して、同社スタッフが、“冷蔵庫”をはじめとする家電製品の悩みや相談に乗るのである。来店が即購買に結び付かなくても、来店していただいてスタッフと対面でコミュニケーションを図る機会を得ることで、敷居がかなり低くなり、後々の購買につながってくるのである。 DM送付のレスポンスはなんと30%の高率  DM発送数に対する来店率は商品ジャンルによって多少異なるが、冷蔵庫やエアコンは約10%、テレビでは15%ほど。それ以外では7〜10%程度を確保している。  中でも好実績を納めているのは、毎年11月開催の名物的イベント「だんしゃくまつり」である。同社は、松下電器系列のショップであり、ナショナルクレジットとのタイアップにより会員カード「Pana card」を発行している。カード会員約6,200名に対してイベント招待券の入ったDMを送付するわけだが、来店率は平均28%で、30%を超える年もあるという。2004年11月の開催時には、薄型テレビの売れ行きが予想以上に好調だった。  DMというメディアにこだわる理由は、同社の顧客層にある。平均年齢は60歳を超える。さらに同社が長年にわたって構築してきた信頼関係により、DMの開封率は高いという。今後も確実な開封が期待できるDMを積極的に活用する方向で、eメールによるアプローチは今のところ視野にない。 顧客本位で「今なにをすべきか」を考える  顧客との関係作りを最も大切にして、手間ひまを惜しまない同社の姿勢は、ほかの取り組みにも表れている。それは、同社にとってもうひとつの顧客との重要な接点である“修理”だ。購入店やメーカーを問わずに対応しているため、見込客獲得のきっかけともなるこの修理依頼において、顧客に感動を与えるちょっとした気配りを欠かさない。顧客あるいは見込客から「冷蔵庫の冷凍室の調子が悪くて氷が作れない」との電話が入ったときには、修理スタッフが迅速に訪問するが、それ自体は誰もが考えるところであり、修理サービスを利用するお客様も当たり前のこととして受け取る。加えて、実際には修理スタッフの到着までに時間を要することもある。そこで同社では、まず営業担当者が氷を持ってひと足先に出向くのだ。そして、「すぐに修理の者が来ますが、とりあえずこれを使ってください」と言って氷を渡す、といった具合に顧客を気遣う。この人間味溢れた気配りが感動を呼ぶというわけである。  実際、量販店で買ったばかりの冷蔵庫が故障した折に、このサービスを利用した顧客が、同社で洗濯機の買い換えをしてくれたこともある。同社にしてみれば、商圏内のことであるため大して経費は掛からない。むしろ、外回り中のちょっとした時間に顧客に直接会って感動を与えることができるのは、営業活動の極み。こうした“ちょっとしたことの積み重ね”が地場で顧客とより良い関係を築くのには最も大事だという。イベントやプロモーションといったさまざまなコミュニケーション施策の成功率が高いのも、こうした日々の小さな配慮の積み重ねがベースにあるからだとも言える。 (4)課題と展望課題と展望 〜顧客のランクアップを目指す〜  「上得意様 9分割表」に基づくマーケティング施策の展開により、顧客との関係作りは効率化し、顧客の満足度も向上した。そこで、次のステップとして同社が狙うのは、顧客のランクアップである。同社では、A1より上位に、新たに「A1スペシャル」というランクを設けた。「もうヤマグチで買うものはない」というほどの顧客に対するフォローを行うためである。この層の顧客向けのイベント対象商品は、IHクッキングヒーター、エコキュート、太陽光発電システム、浴室乾燥機といったオール電化機器や薄型テレビ。「薄型テレビとオール電化」と銘打ったイベントを、近くの会場を借り切って2日間、月1回開催している。来場者にはタマゴ20個プレゼント付き。DM送付数に対する来場率は7〜8%を獲得している。  一方で、同社とのつながりが最も薄いC3の顧客に対しては、DMを送付すると同時に、修理依頼や問い合わせといった「サービスコール」の即日対応を徹底することで、信頼獲得に努めている。  同社にとって、A1顧客は、粗利益率経営に最も貢献する層であるため、「お客様にとことん尽くす」というモットーのもと、営業スタッフによる訪問も組み込みながら、手厚いコミュニケーションを図っている。しかし、それだけにとどまらず、それぞれのセグメンテーションごとの効率的な施策を、DMとイベントを中心に独自に展開することで、顧客との関係性を深耕し、各層のランクアップを実現していく。